成功体験・事例

カツカレーを注文するお客心理

先週の木曜日は、福岡出張でしたが、着いたのが昼時でしたので天神をウロウロすると、
「カレー500円、カツカレー700円 本日限り100円引き」
の看板に誘われるように店に入りました。

その店は、カウンターのみの小料理屋で、昼間はカレーライスのみ作っています。
メニューは2品だけですが 「400円のカレー」と「600円のカツカレー」はどちらが売れたと思いますか?

私がいる間だけでも15人ほどが入店しましたが、なんと全員が「カツカレー」を頼んだのです。

そこで、仮説を立てました。
1.メニューは2品目しかない場合には、高いものを選ぶ。
2.本日限りという言葉に踊らされて、たのんだ。

日本料理や鰻屋のメニューは、「松・竹・梅」と別れていますが、 「竹」を注文する客が多いといわれます。

最低価格の「梅」は、他の客への虚栄心からか注文するのに気が引けます。
最高価格の「松」は、贅沢な気がして、これも気が引けます。
結局、中間の「竹」を注文することになるのですが、
何を食べたいというよりも、他のお客、同席の人への配慮から、無難な「竹」を選んでしまいます

このカレー屋では2品目ですが、200円ぐらいの価格差だととくに贅沢ではないので、「竹」という感覚でカツカレーを、全員の客が頼むのでしょう。
ちなみに、カツカレーは200円高ですが、カツ自体は原価100円だとすると、

 カレーの場合1杯あたり     カツカレーの場合
  売上高   400円          売上高 600円
  原  価  100円          原  価 200円  
  限界利益 300円          限界利益 400円

と、利益率は落ちても、カツカレーのほうが利益をもたらせます。
人件費や地代家賃の固定費は同じなので、限界利益を多く上げたほうがいいのです。

ひょっとして、このお店では、客の心理をしっかり押さえて、
あらかじめ「カツカレー」を注文する人が多いことを知っているのでしょう。
また、それによる儲けもガッチリ計算してたりして?
ちなみに私も「カツカレー」の罠にはまりました。
おいしかったらいいか!

待ちぼうけ

小学校の時に、国語か音楽の授業で習った「待ちぼうけ」(北原白秋作詞、山田耕作作曲)のメロディーと歌詞が40年以上たった今も強烈に覚えています。
なしか?


1.「待ちぼうけ」で始まり「木のねっこ」で終わる繰り返しのフレーズ。
2.他の洋楽とは違う独特なメロディー。
3.今でいうコント的なお笑い(でも少し寂しくなる)の要素の歌詞。
4.歌詞が進むうちに、次第に寂しくなってくる。  


とくに、最初は「アホなオッチャンがおるんやな」と笑えてたのが、歌詞が進むにつれて「おい、オッチャン、チャンとせえよ」、さらに最後は「ほらみてん、オッチャンどうなったんやろか」と心配させてしまうので、ずっと覚えているのだと思います。
歌いながら「教訓」を学べるわけですが、原作は「韓非子」にある「守株待兎(しゅしゅたいと、くひぜをまもりてうさぎをまつ)」です。

 努力を払わず、運にかけて成功を手に入れたい人の愚かな行動の話ですが、40年後の現在の私は、「過去の成功体験に染まっていては、時代の変化に対応できなくなる」ことを戒めた話だととらえています。 

 待ちぼうけ、待ちぼうけ、
 ある日せっせと、野良かせぎ、
 そこへ兎が飛んで出て、
 ころり、ころげた
 木のねっこ。
 
待ちぼうけ、待ちぼうけ、
 しめた。これから寝て待たうか。
 待てば獲ものは駆けて来る。
 兎ぶつかれ、
 木のねっこ。
 
待ちぼうけ、待ちぼうけ、
 昨日鍬とり、畑仕事、
 今日は頬づゑ、日向ぼこ、
 うまい伐り株、
 木のねっこ。
 
待ちぼうけ、待ちぼうけ、
 今日は今日はで待ちぼうけ、
 明日は明日はで森のそと、
 兎待ち待ち、
 木のねっこ。
 
待ちぼうけ、待ちぼうけ、
 もとは涼しい黍畑、
 いまは荒野の箒草、
 寒い北風、
 木のねっこ。

深夜バスで交通格差をカバー

 金曜日は、税理士会の会議のため、豊肥線で3時間30分かけて熊本に行きました。

 

 

 


会議を終え、熊本に宿泊し、土曜日は新幹線て1時間で鹿児島にとび、会議に出席。

来年3月12日は、博多から鹿児島までの新幹線が全線開通となります。
そうすると、博多~鹿児島間が約1時間20分、新大阪~ 鹿児島間が3時間45分となります。
大分からも、日豊線で小倉まで行き新幹線を使うと、熊本まで2時間、鹿児島まで3時間で行けるようになります。

ますます、西九州と東九州の交通格差ができてしまいますが、それをカバーするのが深夜バスです。
懇親会のあと23時に天文館から深夜バスで大分に帰り、6時30分に自宅にたどり着き、午後からの中小企業診断士受験講座の講義を務めることができました。

 

 非常にハードな旅行でしたが、深夜バスを利用したので、今日一日を有効に使えました。


会計啓発・普及のために

佐伯市保健福祉総合センター「和楽」で、「中小企業会計啓発・普及セミナー」を行ってきました。

今年で5年目となりますが、毎年、佐伯商工会議所様に呼んでいただき感謝しています。
今回のテーマは、 「不況に打ち勝つ事業計画の作成」でした。
まず、自分の会社の現状を把握するため「決算書」の説明と、
将来の事業計画を作成するために「変動損益計算書」の作成演習を中心にいたしました。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 参加者の中には、毎年受講してくれる経営者もいて、毎年会うのを楽しみにしています。


スリーアローズ

 脚本家の林秀彦先生が19日に亡くなられ、九重町町民劇場のお別れの会にいきました。
林秀彦先生は、学習院高等科を卒業後ドイツやフランスの大学に留学して哲学を専攻しました。
帰国後、松山善三さんに師事し、映画やテレビの脚本を執筆し、代表作は、「
七人の刑事」「ただいま11人」「鳩子の海」などである。
その後、17年ほどオーストラリアに移住して、帰国後は縁あって九重町に暮らしていました。

 偶然にも、その九重町には劇団「九重町民劇場」があり、その演出を手掛けられました。
最後の演出となったのが、ミュージカル「スリー・アローズ」で平成21年9月27日 いいちこグランシアタで平成21年大分県民芸術文化祭開幕行事として演じられました。

林秀彦先生は、このミュージカルで、「いまこそ日本は三本の矢を束ねて、新しい困難な時代に立ち向かわなくてはならない。
それは、三つの世代の絶望的な疎外と、断絶の中にある。
即ち増え続ける高齢者社会の孤独な老人たちニート族とも呼ばれる一部の青年たちの、ロボット症候群に陥った若者層、そして校内暴力や自殺率の増加や、意味不明な犯罪が増え続けている子どもたち の三つの世界である。
この三つの世代の断絶と孤立は、世界的な社会現象でもある。
いかにこの三世代が、一つの心に溶け合うことができるか・・・?」を聴衆に訴えています。

 知人の紹介で、税理士のバンドである「アカントゼイシービックバンド」が、部分的に演奏することになったのが、林先生との出会いです。
 先生からは、妥協を許さない完成度を求められたので、最初のお手伝い的な気持ちから一変して、緊張感ある練習を重ねた結果、「シング・シング・シング」を暗譜して演奏できるようになってました。
大分市から遠方ということもあり、最後まで全員がそろって九重で練習できなかったのが、申し訳なく思っています。
 しかし、アマチュアとかプロとか関係なく、練習で妥協せず、とことん完成度を高めていくことが、最終的にお客様に感動を与え、また、レベルアップのために必要であることを体験いたしました。
仕事にも通じる原理ですね。

先生のご冥福をお祈りします。

 

 

未だ木鶏たりえず

 15日の九州場所で、 横綱白鵬の連勝記録は63で止まり、残念ながら元横綱双葉山の69連勝の記録更新はならなかった。
協会の不祥事のため、天皇賜杯の授与を受けられず、横綱の責任として目に光るものをみせた日本人以上に日本人らしい横綱白鵬だけに、記録を破らせたかった。
その日は、稀勢の里との取り組みは、まったく白鵬らしくなく荒々しい取り口で、いつものゆったり構えた横綱相撲とはかけ離れていました。
敗因は、技術的なことや体力的なことではなく、精神的な面からきているのでしょう。

 69連勝の双葉山は安芸ノ海に敗れて連勝が止まったときに、知人に「イマダ モッケイタリエズ」と打電したという。
若いときに読んだ伊藤肇の「十八史略の人物学を思い出しました。

伊藤肇は、「望之似木鶏」(之ヲ望ム二木鶏ノ似シ)の由来だが、この寓話には四つの教訓が含まれているといいます。

1. 「競わず」むやみに余計な競争心をかりたてないこと。
2. 「てらわず」自分を自分以上に見せないこと 。
3. 「瞳を動かさず」絶えずあたりを氣にしてキョロキョロ見回さない。落ち着きがなく,詐欺師に多い。
4. 「静かなること木鶏の如し」、木彫の鶏のごとく静かに自己を見つめること。氣が充実し,自信がみちあふれ、徳が具わっている。
                 

 あの、白鵬もまた木鶏たりえなかった。
私なんぞは、ちょっとしたことでも、怒ったり、心配したりして、精神面が未熟で
「木鶏」には縁遠い。
いつかは、
どんな相手にも心を動かさない木鶏を目指して本を読み、人と会い、自分を鍛えようと思います。
それにしてもテレビ画面の升席はガラガラですね。

その鳥を狙うな!

当事務所し「TKC全国会」の会員であり、システムも「TKC」を利用しています。
その背景には、TKCの創業者の飯塚毅さんの「自利利他」の精神による、税理士や会計士の「運命打開」と「職域防衛」の経営理念に感銘を受けたからです。

飯塚毅さんは、国税庁との対決(飯塚事件)に勝訴した後に、中小企業を救うためには会計システムの電算化しかないと決意して、「TKC」を作りました。
しかし、昭和40年代は
、まだまだ経理は手書きの時代で、会計システムの普及がままならず、逆にコンピュータの設備投資額が過大となり、何度も倒産の危機に瀕しました。
さすがに意気消沈して諦めそうになったときに、藁をもすがる思いで、先日紹介した市村清さん(リコー創業者)
の講演会に出席しました。
その講演のテーマが、
「その鳥を狙うな」です。その内容は・・・・、

市村清さんは佐賀のJR基山駅付近ですが、幼少時代は「トリモチ」を使って、お父さんと鳥を捕まえに行っていました。
「トリモチ」とは「鳥を捕まえる餅」で、これに鳥をくっつけて捕獲するわけです。
幼少の清さんは、鳥を見つけてはトリモチの棒を伸ばすものの、すぐに逃げられ一羽も捕まえることができませんでした。
しかし、お父さんは、同じトリモチで鳥をいっぱい捕獲しています。
清さんは、「同じところで、同じトリモチで捕まえているのに、どうしたらそんなに捕まえられるの?」とお父さんに聞きました。

お父さんは清さんに、「おまえは鳥がいる所ばかりを狙うからだめなんだ。鳥の動きをよく見なさい。鳥は危険が迫るとすぐに逃げるが、行き着く枝はいつも同じ方向だ」と教えてくれました。
そういえば、
清さんは鳥そのものばかりを狙っていて、鳥がどこに逃げるか、どう飛ぶかなんて考えたこともなかったのです。
お父さんから、鳥を捕まえる極意を伝授されて、その後はいっぱい鳥を捕獲することができました。


その後、大人になった市村清さんは、お父さんからの「極意」を営業にいかして全国でも有名となり、出世しました。

その市村さんの営業の極意を聞きに、飯塚毅さんが講演会に参加したのです。
市村さんは、

「売れている商品しか見ないので、激しい競争が起こって顧客が逃げていくです。たとえば、冷蔵庫が売れているなら、冷凍できる食品を扱うような発想を変えてはどうか」
当時、冷蔵庫は三種の神器で普及期であったのですが、この冷蔵庫を作るのではなく、冷蔵庫に入れられる食品を探すべきだと語ったのでした。

最初は、「鳥って何だ?何の意味だ?」と思いながら参加した飯塚毅さんも、この講演会で「逆転の発想」を得て、会社も軌道に乗るようになりました。

あるヒット商品やのびているサービスを聞くと、つい自分も参入したくなりますが、競争も激化するので低価格競争になります。
それよりも、そのお客様が次に何を欲しがるかを考え、そこに待ち構えておけばいいのです。

肉親の一人として

 銀座のシンボルとして、皆さんはどこを思い出すでしょうか?
現在も銀座4
丁目交差点に建つ、円柱・総ガラス張りの個性的な「三愛ビル」(1963年完成)を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか?

このビルを造ったのは市村清さんです。
市村さんはリコー
を中心とする「リコー三愛グループ」の創始者であり、昭和
を代表する経営者であり、市村さんの影響を受けた経営者はたくさんいます。
その後の経営者達が影響を受けた経営者として市村清さんを挙げているのに多く出くわしたので、気になりいろいろ
調べました。

昔、江川ひろしさんか扇谷正造さんの本か講演で、この「三愛ビル」取得のエピソードを知りました。

この銀座の土地の買収は非常に難航し、ついにある地権者の老婦人が大雪の中断りに出向いた時の話です。
 大雪の中を歩いてきたので老婦人の足袋が冷たく濡れていたところ、彼女の足元を見た女性事務員が自分のスリッパを履かせ、抱きかかえるように3階まで案内したそうです。
 女性事務員までもきちんと教育されていることに、老婦人は感激し、交渉がまとまったのです。

市村さんは、「人を愛し、国を愛し、勤めを愛す」の三愛主義をモットーに経営をされていました。

 重要なことは、この女性事務員は、その市村さんの三愛主義を理解して、行動まで落とし込めていたことです。

人のサービスは無限!

 15年前の話ですが、事務所HPの元気風通信に

東京ディズニーランドで、探検アトラクションの「ジャングルクルーズ」の列に並んでいたとき、息子が飴をなめていると、社員(キャスト)が
「ぼく、ここから先は食べたり飲んだりはできないよ。でも、内緒にしてあげるから今のうち食べちゃえ」
と言いました。
おかげで息子は、しょんぼりもせず一日楽しんだのでした。

これが、顧客満足世界一のデイズニーの社員ひとりひとりの「積的にフレンドリー」というコンセプトによる仕事のやり方(語りかけ、歩み寄る)の一例です。
お客様を、経営者からパートまでそれぞれの立場と役割の中で大切にし、必ずリピートしてもらえるお客さまをつくりましょう


と書きました。その息子も二十歳となりました。
ところで、昨日、同じ体験を大分の映画館で体験しました。

妻と映画に行くのはそれこそ20年ぶり、食事の時間がないのでファーストフード店でハンバーガーを買い込み、映画館に入ろうとすると、
「お客さま、指定以外のお店の飲食物はこちこめません」と言われました。
あらそうだったのと、そう言えばそうだわねと、車に置きに行こうとすると。

「お客さま、次回からはお願いします」
と言われ、そのまま持ち込んで食事することができました。

15年前に受けた東京ディズニーランドでの感激を、大分のワサダタウンの映画館で味わうとは。
おかげで二人楽しく映画を見ることができました。
スタッフの方、臨機応変な対応、ありがとうございました。

マニュアルにあるのかもしれませんが、現場にある程度の権限をおろすことはサービスの向上になります。
人のサービスは無限です。





価値観の共有

 事務所では、毎月地域清掃の後に、勉強会をしています。
現在は稲盛和夫氏の「働き方」を読んで、各自感想を述べ、またそれに対して他の人がコメントをしています。


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 この、読書会を通して、お客様にどうしたら喜んでいただけるかどのように働きがいのある職場を作っていくかを目標にしています。
最初は、道徳の勉強をさせられている等の反発があり、時には言い争いになることもありました。
 これは、私と価値観を共有化するための一種の禊ぎでもあるので、とことん考え方をぶつけないと真意が伝わらないからです。普段の
業務では問題とならないことも、その根底の判断では価値観が問われることがあるからです。トップならばこういう判断をするだろうと考え行動しなければなりません。
 最近では
上記の目標が次第に浸透することによって、前向きな意見が多く出てきました。