投稿者:蔵前 達郎|投稿日: 2012年1月25日
|コメントする
小泉純一郎元総理大臣の主席秘書官を勤めた、飯島勲さんの記事(雑誌「プレジデント」2012 1.2号「リーダーの掟」)を紹介します。
長野県駒ヶ根にある東証一部上場の企業のトイレに、次のような掲示があったそうです。
『社長が恐れるもの』として、『危機感のない社員』とある。その下には、
「毎日が倒産に向かう力との闘いだ。
厳しい時代こそ、勇気をもって闘った企業だけが強くなれる。
90年かけて築き上げた会社の余力は1年でゼロになる。」
そして、飯島氏は「夜の11時を終業時間の夕方の5時と思って働くくらいの気合いが必要だ。」と述べている。
これは、リーダーやリーダーを目指す人へのアドバイスです。
ところで、全体の労働時間もずいぶん短くなっています。
ちなみに、OECDの労働時間の各国比較をみると、日米が逆転してアメリカの方が労働時間が長くなっています。
また、欧州では、時短から反転に転じている国も多いそうです。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3100.html
だらだらとする残業はすべきではなく、集中して生産性を上げなければなりませんが、社会経済生産性本部が2004年の労働生産性の国際比較によると、日本の労働生産性は、OECD加盟30カ国中第19位と、とくにホワイトカラーの生産性が低くなっていました。
そういった低い生産性のまま、時短で労働時間が短くなっていれば、日本から活力がなくなっているのも頷けます。
[ 昔 ] 労働生産性低い × 労働時間長い ・・・・ →
[ 今 ] 労働生産性低い × 労働時間短い ・・・・ ↓
[これから] 労働生産性高い × 労働時間短い ・・・・ →
、「危機感のある社員」を育て、生活の安定した雇用を守るためには、多少忙しく働いて、一人あたりの売上高(生産性)を高めなければなりません。
、
投稿者:蔵前 達郎|投稿日: 2011年12月29日
|コメントする
中小企業金融円滑化法(モラトリアム法)が、平成25(2013)年3月末まで延長されることになりました。
今年3月末に、1年間延長されたので、再延長となります。、
円滑化法は、中小企業向けの貸し付け条件変更などに柔軟に応じるよう促していて、この2年間で、貸付条件の変更などの実行率が9割を超え定着したが、一方で、貸付条件の再変更などが増加していました。それに加え、東日本大震災や円高などにより、中小企業の資金繰り環境が厳しいことに配慮して、今回再延長されることになり、来年の通常国会に同法改正案を提出する見込みです。
しかし、金融機関側からは、条件変更を何度も繰り返す企業があるなど借り手のモラルハザード(倫理の欠如)につながるとの指摘もあり、今回の再延長を最後に、制度を平成25(2013)年3月末で打ち切る方針です。
■当初の予定では、来年3月末までで打ち切られる予定でしたので、その後の影響を心配していましたが、1年間再延長となり、少しほっとしました。
しかし、今回は、出口(返済開始)戦略を進め、ソフトランディング(軟着陸)を図っていくために延長されたのであるので、中小企業者自身の積極的な経営改善等への取組みが求められています。具体的には、「経営改善計画書(実抜計画)」の見直しと、計画と実績の検討がより厳しくチェックされるでしょう。
投稿者:蔵前 達郎|投稿日: 2011年10月25日
|コメントする
長いデフレ経済で、とことんまで単価が下がってしまい、働いても利益が出ない状況で、
先々の心配から、売上を追いかける傾向にあります。
昨晩は、昔、ある会で執行部をしていた仲間と久しぶりにあいました。
そのうち一人が、独立した際に、大先輩の社長から
「いいかい、仕事をしたら、その仕事で終わらせず、ひと手間かけなさい」
とアドバイスをもらったそうです。
ひと手間とは、ちょっとした手間、ちょっとした工夫や作業、などという意味で使われる表現です。
雨の日に、新聞がビニールに入って配達されると、れしいですよね。
外食しても、この旬の食材について、ちょっと説明されると、おいしさが広がります。
修繕でも、依頼された箇所だけでなく、その周りも点検してくれるとたすかります。
我々であれば、毎月の試算表や決算書のポイントにラインマーカーを引くとか、
部門別損益ができるように、取引先別に売上高が把握できるようにシステムを変更していくことですか。
「ひと手間」は、ちょっとしたことですが、効果が絶大です。
また、一言言葉を添えないと伝わらないところでもあります、ただし、説明がくどいと逆効果ですが・・・。
常に、どうしたら喜んでもらえるのかを考えていたら、「ひと手間」も負担にはならず、お客様が望んでいることが見えてきます。
「ひと手間」はサービスとはちよつとと違います。
サービスは、本来、対価をいただけるのにもらわない場合をいい、
ひと手間は、職人のこだわりをいう
・・・なにか日本人らしいです。
投稿者:蔵前 達郎|投稿日: 2011年9月24日
|コメントする
今日は、西郷 隆盛の命日です。
134年前の、明治10年(1877年)9月24日に、49歳で、鹿児島の城山にて自害しました。
先日の鹿児島での会議の後、事務所の辻君と、新幹線の待ち時間を利用して、ラーメンののぼる屋と西郷さんのお墓参りをしてきました。

この「敬天愛人」とは、西郷隆盛が好んでよく使い、揮毫した言葉で、「天を敬(うやま)い、人を愛する」と読みます。
その書跡についていた説明文に、その意は、南洲翁遺訓に
第二十一条
道は天地自然の道なるゆえ、講学の道は敬天愛人を目的とし、身を修するに克己を以もって終始しせよ。
第二十四条
道は天地自然の物にして、人は之を行うものなれば、天を敬するを目的とす。天は人も我も、同一に愛し給ふゆえ、我を愛する心を以って人を愛する也。
とある。・・・・
内村鑑三が「代表的日本人」で、西郷の敬天愛人の思想は、キリスト教に極めて近い位置にあると述べています。
西郷の敬天愛人は、儒教の仁愛、仏教の慈悲、キリスト教の愛を統合した普遍の価値として認識する必要がある。実践にあたっては日本人的心情「誠(真心)を尽くす」ことを求められた。
そうか、儒教の影響だけでなかったんだ!と新発見をしました。

投稿者:蔵前 達郎|投稿日: 2011年8月15日
|コメントする
今日は終戦記念日です。
正午ちょうどに、サイレンがなり、テレビでは戦没者慰霊祭、高校野球もプレーを中止し、そして、私も、子ども達も黙祷をささげました。
6月に税理士の大先輩である鹿児島のT先生から、「終戦の詔書」の内容を知っているかいと聞かれました。昭和天皇が、「玉音放送」で、公に終戦の宣言をしたのだということ。 「堪難きを堪え、忍難きを忍び・・・」の一文は、マスコミやドラマで知っていたぐらいでした。T先生から、現代訳にすると、今の時代にも活きた言葉として再び心に浸みるよと言われました。
父は、中学校生徒(今で言えば高校3年)で、防空壕の基地内で働いていたときに、この「玉音放送」を聞いたそうです。何を言われているのかわからなかったそうですが、当時のラジヲの品質と、レコード録音、独特のイントネーション、漢文的な文書だと、理解するには難しかったのでしょう。
ところが、T先生の言われるように現代語訳にすると、今の私たちにも十分理解できる言葉となりました。
終戦に関する天皇の宣言
私は世界の大勢と我が国の現状を深く考え、通常でない方法を使ってでも事態を収拾しなければならないと決意した。このことについて、忠実で善良な国民の諸君にお話ししようと思う。
私は政府に命じ、アメリカ・イギリス・中国・ソ連の4国に対して、先にこの4国の出した共同宣言の受け入れを通告させた。
もともと、国民が健康で安心して暮らせるように、また世界がともに繁栄していけるようにするというのは、天皇家が昔から掲げていた目標であり、私も常々努力していたことである。先にアメリカ・イギリスに宣戦したのも、我が国が滅ばないように、また東アジアが安定するようにと思ってのことであり、決して他国の主権をそこない、領土を侵略しようと思ってやったことではない。
ところが、戦争はすでに4年目に入っている。その間私の陸海軍の将兵は勇敢に戦い、私の政府の官僚は懸命に働き、私の国民は国のために力をつくし、各々最善をつくしていたが、戦況は必ずしも好転していない。世界の大勢も我が国側に不利である。さらに敵は新たに残虐な爆弾を使って罪もない人々を多数殺傷し、戦争の惨害はまさにはかりしれないものになってきている。
このまま戦争を継続すれば、しまいには我々日本民族の滅亡を招くだけでなく、人類の文明そのものを破壊しつくしてしまうことになるだろう。このようにして国民を滅ぼしてしまっては、私は天皇家代々の先祖の神霊に決して許してもらえないに違いない。
これが私が政府に対しアメリカ・イギリスなどの共同宣言に応じるように命じた理由である。
私は我が国とともに東アジアの解放に協力してくれてきた同盟国諸国に対して申し訳ないと思う。また、我が国の国民で、戦場や職場で非命に死んだ者、またその遺族のことを思うと体が裂けるような思いである。さらに、戦争で傷つき、戦災を受け、家や職場を失った人々をどう助けていくかということも、私は深く案じている。
今後我が国の受ける苦難は並みたいていのものではないだろう。国民諸君の苦しみも私はよくわかっているつもりである。しかし時の運には逆らえない。私は耐えがたい敗戦の事実をあえて耐え忍び、将来のために平和な世の中を開こうと思う。
私はこうして国を滅ぼすことは避けることができた。私は今後も諸君の忠誠を信頼し、常に国民とともにあるつもりである。今後、感情にまかせてむやみに騒ぎをおこしたり、自国民同士で争いあったりすれば、国の将来をそこない、世界の信用を失ってしまうだろう。そのようなことは決してしてはならない。
これからは国をあげて、子孫を残し、日本が決して滅ばないという確信を持たねばならない。その責任は重く、道は遠いが、総力を将来の建設に傾けねばならない。人道と正義を重んじ、強固な精神を保たねばならない。そうすれば、日本の誇りを高く掲げつつ、世界の進歩について行くことができるであろう。国民諸君には、どうかこの私の願いを実現してもらいたいと思う。
下線は、私が引きました。
そこでは、天皇家に代々の役割が、国民の健康で安定した暮らしの確保と世界平和であること明確にしていますので、そのような国民と天皇との信頼関係が成り立っていたこと。
また、後半は、日本再建に対する将来への意気込みを語っています。
東日本大震災からの日本再建についても全く同じ思いです。
投稿者:蔵前 達郎|投稿日: 2011年7月10日
|コメントする
先週7月5日と6日に、パシフィコ横浜で開催された「盛和塾第19回世界大会」に行ってきました。
日本をはじめ、米国、ブラジル、中国から3,400名を超える塾生の参加のなか8名の塾生の発表があり、最後に稲盛和夫塾長による「塾長講話」がありました。
当日、撮影禁止でしたが雰囲気を伝えたくて直前のインフォメーションだけとりました・・・。
今年の塾長講話のテーマは、
テーマ1「経営哲学(フィロソフィ)を企業内で共有する意義」
テーマ2「困難に打ち勝つために」
という2つでした。ので「経営哲学(フィロソフィ)」についてふれたいと思います。
稲盛塾長は、ご承知の通り高齢で未経験の分野にもかかわらず、国の要請でJ ALの再建にあたっています。その際「フィロソフィー」と「アメーバー経営」のみを携えていきました。そして、再建開始から1年を経過した3月決算では売上1兆3622億円、営業利益1884億円という過去最高益(世界中の航空会社でトップ)を記録したのです。
なぜか?
その、大きな要因として、JALの社員に「フィロソフィ」を話していき、その理解が深まるに連れて、社員の意識改革が劇的に進み企業の体質が大きく変革したからであると話されました。まさに、「社員の意識が良い方向になれば、会社も良くなる」ということです。
今回の世界大会のスローガンである「心を高める、経営を伸ばす」には、全従業員が、「フィロソフィー」を共有することが大事であり、理解して実践してもらうことを、京セラ、KDDIで実践し、今回はさらにJALでも実証して見せられたのです。
社内でいろんな反発がされるかもしれないが、真に、幸せな人生を送ってもらうために、また会社の発展のためには必要と信じて 「フィロソフィ」を訴え続けなければと思いました。
フィロソフィーには大切な4つの要素があり、それは次のとおりです。
1.会社の規範となるべき約束事(社内ルール、モラル)
2.企業が目指すべき目的、目標を達成するためには何が必要か
3.企業にすばらしい社格を与える考え方(その会社の社格をあげる)
4.より良い人生を送るために必要な人生の真理
私も、経営理念の唱和や毎月の研修で話していますが、今回の出席を機に、
大分綜合会計フィロソフィーの作成と、幹部勉強会の開催を決意いたしました。
投稿者:蔵前 達郎|投稿日: 2011年7月4日
|コメントする
「はとバスをV字回復させた社長の習慣(宮端清次著 祥伝社)」

を読みました。
宮端氏が社長に就任した1998年当時、倒産寸前だった「はとバス」を一年で黒字化を達成し、4年後には累積赤字も解消できました。
その再生のポイントは何か?を探りながら読みましたが、
宮端氏が、こんなすごい業績を可能にしたのは、最新の経営手法でしょうか?
それとも斬新なアイデアでしょうか?
違います。
社長が当たり前にやっていたいくつかの習慣でした。
経営者として、ごく普通に行っていた「習慣」が、社員の心を一つにまとめて再生を果たした。
1 「最初に目標を宣言する」
社長就任時「一年で黒字にならなかったら辞める」と宣言した。トップは逃げ道を作ったらダメだと思ったからだ。トップが本気の決意を示せば、社員も本気になる。何かを行う時は、早い時期にインパクトのある宣言を行なうべきなのだ。
2.「目標はシンプルであるべき」
立派な経営理念も、社員が覚えていない、実行もできていないではまったく意味がない。そこで「お客さま第一主義」「現場重点主義」「収益確保至上主義」という新たな経営方針を作った。
さらに、現場の社員には「お客さま第一主義」を徹底するようにして、新入社員でもすぐに覚えて、具体的な行動もイメージしやすくした。このように目標は、背伸びすれば届くものでなく、飛び上がって初めて届くぐらいのものにすべきだ。
3.「朝一番で現場に行く」
バスガイドや添乗員が挨拶するのは当たり前だが、氏は「顧客感動」のために、出発するバスに乗り込み自ら挨拶することにした。さらに、朝一番で現場に行くことで、運転手やガイド、添乗員に会え、400人もの乗務員の名前を覚えることができた。彼らの名前で呼んで「ありがとう」「頼むよ」と声をかけた。人が最終的にやる気を出すのは「自分が必要とされている」「役に立っている」という自覚を持てたときだ。だから、相手の名前を呼び、「ありがとう」ということが重要なのだ。
4 「組織を逆ピラミッドにする」
人を動かしたかったら、まずトップが動くことだ。社長が態度で示し、行動するからこそ、社員からの理解と協力が得られる。
その点でも、朝一番のバスに乗り込むことは意味があった。
それまでとは違った行動をとったことで、社員は「はとバスも変わるかもしれない」と思ったようだ。
私の行動は、すべて私の「本気」を社員にわかってもらうための習慣だったのだ。
習慣ですから、早起き、歯磨きと同じで、毎日ごく当たり前にやっていたことです。
そういうことでも、徹底的にやれば、ものすごい業績をあげることが可能なのです。
経営ノウハウを求めようとする人の会社ほど、掃除、挨拶といった当たり前のことができていなかったりしますね。
コツコツ自分自身の習慣を磨き上げることで、社員がついてくるのだ。
がんばろう。
5 「社内でのNGワードを決める」
6 「 お客さま第一主義を徹底する」
7 「苦情には社長自ら万年筆で返事を書く」
8 「選択と集中」よりも「絞り込み」
その他以上の習慣でした。
投稿者:蔵前 達郎|投稿日: 2011年6月23日
|コメントする
昨日は、財団法人 大分県産業創造機構の「第35期マネジメントスクール」で、「経営体質を強化する会計」をテーマにお話をさせていただきました。
このマネジメントスクールは昭和53年から大分県内企業の後継者、中間管理者を対象に開催されています。
私も20年前は生徒として受講しましたので、感慨深いものがあります。

最初に、この研修の趣旨を伝えました。
1.「全員経営」に徹すること。
全員野球ということ言葉がありますが、厳しい環境の中では、経営も全社一丸として「全員経営」に徹する必要がある。
2.「計数感覚」を身につけよう。
計数感覚とは、経営目標を数値化し、目標達成の基準を作れたり、行動が財務数値にどう影響するのか関連づけて考えられることです。
3.「管理会計」が会社を強くする。
そのためには、経営におけるさまざまな経営意思決定のツールである「管理会計」をマスターしましょう。意志決定は「社長」でなくても、たとえば、「部長」が、社内で加工するか外注にするか、また売値をいくらにするかなどの意思決定をしています。また「営業」は、いくらまでなら値引いていいかなどの意志決定をします。そのように、「社長」だけではなく、すべての「社員」が経営上の意志決定に係わっているのです。
今日参加された皆さんが、「管理会計」を理解して、計数感覚が磨かれたら、計り知れないほど会社の業績に貢献できるでしょう。
皆さん2時間しっかり聞いて、演習してもらいありがとうございました。
投稿者:蔵前 達郎|投稿日: 2011年6月8日
|コメントする
今日は、株式会社小野商店(宇佐市安心院町)の創立100年記念式典に出席しました。
1911年(明治44年)の創立、といってもイメージがわきませんが、ちょうどNHKで放映していた「坂の上の雲」の時代です。日露戦争が終わって5、6年して初代の小野ゴンゾウさんが19歳で商売を始めたそうです。
昔、企業の寿命30年説という本がありましたが、その後時代の変化はめざましく、もはや企業の寿命(盛期)は30年どころか、10年は確実に切ったと見られています。
そういった中で、二代目の小野清美さん、そのあとを次いだ小野憲一会長、四代目の小野太一郎社長の先を見据えた経営感覚と、各奥さまが販売や経理でしっかりお店を守ってきたおかげで、見事に100年の誕生を迎えられました。
憲一会長、太一郎社長の挨拶を聞きながら、どうしたら100年も栄える会社になるのか考えていました。
そして、次の3つの条件が必要だと気づきました。
1.会社の使命感(経営理念)を持っているか。
小野商店は「私たちは、お客様のお役に立ち、喜んでいただき感謝していただける企業を目指します」を経営理念に掲げています。社長はじめ社員さんからも「お客さんのため」「社員のため」「地域のため」「感謝している」という言葉が出てきます。いざという時に、自分の判断で行動をとれるかどうかは日頃の使命感(経営理念)が浸透しているかどうかによります。今回の震災では、暗闇でも電卓をたたいて精算をしてでも、お客様に必要なものを提供した現場の従業員さんはたくさんいたとききます。
2.社員と経営者が一体となっているか
驚いたのが75名の社員さんのうち6割の45名が10年以上の勤務(30年以上8名、20年以上14名、10年以上23名)だったことです。 憲一会長から、スライドで昔からの慰安旅行の写真を見せてもらいましが、日頃からアットホーム的なお付き合いが一体感ならしめ、定着率を良くしているのでしょう。自分の人生を、その会社に賭けてくれる社員が多くいる経営者は責任は重たいですが、幸せ者だなと感じました。
3.不易流行
太一郎社長が、挨拶の中で「お客様のため、社員のため、地域のための理念は変えないが、時代の変化に応じてやり方は変えるという不易流行の精神で今後も経営する」と言われましたが、まさに 、過去の成功体験に縛られず変化を恐れない「変化への対応」に尽きます。小野商店も、当初は日用品雑貨の卸問屋として営業してきたわけですが、時代が変わり大型スーパーの影響を受け、小売店が衰退して卸問屋も必然的に衰退していく中で、当時の清美社長と憲一専務が大英断をして小売業に進出し現在のスーパーに発展させてきました。まさに、時代の変化に対応した成功事例です。
懇親会も参加させていただきましたが、とにかく社員さんが明るく、「どうしたらお客は喜んでもらえるか」を現場で実践している方々でした。
また、そのようなすばらしい会社の税務会計を43年間担当させていただき、感謝しています。
投稿者:蔵前 達郎|投稿日: 2011年5月5日
|コメントする
この連休に鹿児島に墓参りに行きました。
私の両親は父が南九州市川辺町、母が霧島市横川町の出身です。
川辺町の父の親戚と墓参りの後、隣町である知覧町の「知覧特効平和会館」に行ってきました。
17歳から29歳ぐらいまでのまだこれからいろんな人生経験を積めたはずの若者が、国のためとはいえみすみす命を落としていくのは悲劇です。
その遺書を読んで、軍国少年ではなく、今の若い世代と変わらない青年達でした。
家族に宛て遺書は、未婚者はほとんどが母親宛でした。
父親は、建前でモノをいいますが、母親はあたたかく包み込んでくれる存在なのでしょう。
その多くの遺書の中で、一番心打たれたのが、
昭和20年5月4に戦死した宮城県出身相花信夫少尉(享年18歳)
母を慕ひて
「母上お元気ですか。
永い間本當に有難うございました
「我六歳の時より育て下されし母
継母とは言へ世の此の種の女にある如き不祥事は一度たりとてなく
慈しみ育て下されし母、有難い母 尊い母
俺は幸福だった
ついに最後迄お母さんと呼ばざりし俺 幾度か思い切って呼ばんとしたが
何と意志薄弱な俺だったらう
母上お許し下さい
さぞ淋しかったでせう
今こそ大声で呼ばして頂きます
お母さん、お母さん、お母さんと」
幼いときに実母が亡くなり、実母への恋しさあまり、継母にはなかなか面と向かって「お母さん」と呼べなかったのでしょう。
継母には感謝しながら、実母のことも忘れてはならないという葛藤を 「なんと意志薄弱なオレだったろう。」と自分の責任として・・・。
非常に優しい青年だったのでしょう。
彼らは、私の子供達と同世代です。
東日本大震災で被災した若者達や、それを支援する若者達をみて、「この日本も見捨てたもんじゃないな」と心強く思ったおっさんも多いはず。
70年前の若者も、今の若者もおなじ遺伝子が流れていて、スイッチがはいったのです。
しかし、二度と人災である戦争を起こしてはいけないと強く感じました。
今回の震災で、世界は、日本の国民を超一流と認めました。
自衛隊員は、被災された方々を優先するため、自らは冷えた缶詰、レトルトやパンで過ごしいてます。
また原発現場作業員も同様の状況で働いています。
本当に、個々の人々はすばらしい。
従来から「経済一流、政治二流」と言われてきましたが、いまや残念ながら「国民一流、経済二流、政治三流」です。
なんとか、経営者、政治家も国民のレベルにあげないといけませんね。